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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)42号 判決

茨城県取手市白山3丁目4番47号

原告

株式会社アップルワン

代表者代表取締役

濱田雄策

訴訟代理人弁理士

高田修治

東京都中央区銀座8丁目10番6号

被告

株式会社ビバリー

代表者代表取締役

神下英弘

訴訟代理人弁理士

三嶋景治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成8年審判第3694号事件について、平成9年1月30日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ジグソーパズル」とする実用新案登録第2081388号考案(平成1年12月13日出願、平成4年4月16日出願公告、平成7年10月3日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

被告は、平成8年3月13日、本件考案につき、その実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成8年審判第3694号事件として審理したうえ、平成9年1月30日、「登録第2081388号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年2月17日、原告に送達された。

2  本件考案の要旨

下記の要件を具えたジグソーパズル。

(イ)複数の小片が離脱自在に組み合わされて平面板が形成されていること。

(ロ)平面板の一方の面に文字、絵画、模様等がオフセット印刷されていること。

(ハ)オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分には、蛍光顔料30~60重量%と無色インキ70~40重量%からなる発光材料がスクリーン印刷されていること。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案は、本件実用新案登録の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭53-89527号公報(審決甲第8号証の1、本訴甲第2号証、以下「引用例」といい、そこに記載された考案を「引用例考案」という。)、池田一郎著「特殊印刷入門」(昭和58年8月15日印刷学会出版部発行)の「Ⅵ.スクリン形式を主とするもの」(審決甲第7号証、本訴甲第3号証、以下「周知例1」という。)、実公昭48-23532号公報(審決甲第8号証の2、本訴甲第4号証、以下「周知例2」という。)、「特殊機能インキ」(1984年6月6日株式会社シーエムシー発行)の「第16章 蓄光インキ」(審決甲第10号証、本訴甲第5号証、以下「周知例3」という。)に記載された事項に基づき、当業者がきわめて容易に考案できたものであるから、本件実用新案登録は、実用新案法3条2項の規定に違反してなされたものであり、同法37条1項1号に該当し、無効にすべきものであるとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の要旨の認定、引用例及び周知例1~3の各記載事項の認定、本件考案と引用例考案との一致点及び相違点の認定、相違点(1)における周知事項の認定(審決書7頁11~16行、同8頁11~16行)、相違点(2)についての判断は、いずれも認める。

審決は、相違点(1)についての判断を誤る(取消事由1)とともに、本件考案の有する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  相違点(1)についての判断誤り(取消事由1)

審決は、本件考案全体を考察することなく、本件考案の構成要件を個々に取り出し、その個々の構成要件をそれぞれ引用例考案と比較した上、それらが公知又は周知であるとして本件考案の進歩性を否定している。しかし、個々の構成要件が公知又は周知であっても、各構成要件の組合せに特徴があり、その組合せによって相乗効果が発揮されれば、その組合せに係る考案の進歩性は認められるべきである。

すなわち、本件考案は、発光材料をスクリーン印刷する技術をジグソーパズルに使用する構成を採用することにより、暗がりの中でも、この発光を利用して小片の嵌め合わせ遊びをすることができるから、後述するように、昼間に行う嵌め合わせ遊びとはまた一味違った趣きがあり、二重の楽しみを得ることができるという作用効果を奏するのである。これに対し、引用例及び周知例1~3には、発光材料をスクリーン印刷する技術をジグソーパズルに使用することが開示されておらず、当業者がそのような構成を採用することは困難である。

したがって、本件考案を全体として考察することなく進歩性を否定している審決の判断(審決書8頁16行~9頁2行)は、明らかに誤りである。

2  顕著な作用効果の看過(取消事由2)

本件考案は、夜間に発光する発光部分を備えた従来にない新規な構造のジグソーパズルであって、小片の嵌め合わせ遊びによって完成する。この完成したジグソーパズルは、発光部材が透明なので、昼間は通常の絵画などの装飾品として機能し、夜間は一部にスクリーン印刷された発光材料が発光して、絵画の一部又は昼間と異なった別の絵画などを浮かび上がらせて、昼間の絵画の印象と夜間の絵画の印象を全く別なものにすることができる。また、単一色無模様でオフセット印刷されたジグソーパズルにすると、ジグソーパズルに目印が全くなくなるため、嵌め合わせるのが極めて難しいが、上記したように発光材料をスクリーン印刷しておけば、暗くすることによって小片の一部が発光するので、この発光した小片を抜き出して、ジグソーパズルを嵌め合わせる際の目印にすることができる。さらに、暗がりの中でも、この発光を利用して小片の嵌め合わせ遊びをすることができるから、昼間に行う嵌め合わせ遊びとはまた一味違った趣があり、二重の楽しみを得ることができる。

このように本件考案は、発光部分が絵画の装飾的機能のみならず、パズルを組み合わせるときのキーポイントにもなるため、従来にない斬新なゲーム性を備えており、商品化した当時、好評を博し、これを契機に同様のジグソーパズルが後を追うようにして各社から発売された。このことからみても、本件考案の進歩性は明らかである。

したがって、審決が、このような本件考案の顕著な効果を看過し、本件考案の作用効果が引用例及び周知例1~3に記載された事項から容易に予測できる程度のものにすぎないと判断した(審決書10頁10~13行)ことは、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由1、2は、いずれも理由がない。

すなわち、本件考案のオフセット印刷及びスクリーン印刷などの印刷方法については、従来から既に周知の技術であり、蓄光インキを使用する技術についても、何ら新規な技術ではないから、本件考案は、単なる周知技術の寄せ集めと認められる。また、原告の主張する、これらの周知技術を寄せ集めたことに伴う技術的効果についても、何ら特別な作用効果が認められるものではない。

したがって、本件考案に進歩性はなく、審決の相違点(1)についての認定判断(審決書8頁16行~9頁2行)及び作用効果についての判断(審決書10頁10~13行)は、いずれも正当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  相違点(1)の判断誤り(取消事由1)について

審決の理由中、本件考案と引用例考案とを対比すると、両者は、本件考案の要件(イ)及び(ロ)、すなわち、「(イ)複数の小片が離脱自在に組み合わされて平面板が形成されていること、(ロ)平面板の一方の面に文字、絵画、模様等がオフセット印刷されていること」で、一致し、本件考案では、オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分には発光材料がスクリーン印刷されているのに対し、引用例考案には、その構成が存在しない点で相違する(相違点(1))こと(審決書6頁12行~7頁2行)は、当事者間に争いがない。

また、周知例1の記載によれば、「スクリン印刷とオフセット印刷を含む他の印刷とを併用したものが多用されていることはごく普通に知られていることであるといえる。そして、オフセット印刷された部分にスクリーン印刷を施すことは、前記併用の一態様にすぎないと認められる。」(審決書7頁11~16行)こと、周知例2及び3の記載によれば、「スクリーン印刷に蓄光インキを用いることはごく普通に知られていたことは明らかである。つまり、一般の印刷においてオフセット印刷とスクリーン印刷を併用すること、及びスクリーン印刷において蓄光性のインキを用いることはいずれも周知である」(審決書8頁11~16行)ことも、当事者間に争いがない。

そうすると、上記周知技術に基づき、ジグソーパズルである引用例考案において、オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分に対し、更にスクリーン印刷を併用することとし、そのスクリーン印刷に蓄光性のインキを用いることにより、本件考案の相違点(1)に係る構成を採用することは、当業者がきわめて容易に想到し得たことといえる。

原告は、個々の構成要件が公知又は周知であっても、各構成要件の組合せに特徴があり、その組合せによって相乗効果が発揮されれば、その組合せに係る考案の進歩性は認められるべきであると主張する。

しかし、本件の場合、ジグソーパズルである引用例考案に対して、上記のような内容の印刷技術分野における一般的な各周知技術を組み合わせることについて、格別の困難性があるとは認められず、また、本件考案が特段の相乗効果を有するものでないことは、後記説示のとおりであるから、原告の上記主張は理由がない。

したがって、審決の「当業者が引用例のオフセット印刷に代えて従来周知のオフセット印刷とスクリーン印刷を併用しかつスクリーン印刷に従来周知の蓄光インキを採用することにより、前記本件考案の前記相違点1に係る構成を得ることは何等困難なことではないというべきである。」(審決書8頁16行~9頁2行)との判断に、誤りはない。

2  顕著な作用効果の看過(取消事由2)について

本件考案の作用効果について、本願明細書(乙第1号証)には、「本考案に係るジグソーパズルは、以下の構成を有するから、複数の小片を組み合わせることにより絵画等を完成させるパズルゲーム遊びをすることができる。又、組み合わせて完成した平面板を額縁に入れて装飾品として使用することができる。この際、平面板は、オフセツト印刷された絵画等の所定部分が透明な発光材料によりスクリーン印刷されているので、昼間は何等支障なくオフセツト印刷された絵画等を見ることができ、夜間はスクリーン印刷された部分が発光し、オフセツト印刷された絵画等の一部又は昼間とは異なつた絵画等が浮かび上がつた状態を見ることができる。」(同号証2頁3欄6~18行)、「本考案は、ジグソーパズル遊びの他、昼間は通常の絵画等の装飾品として、夜間は一部が発光して、絵画の一部又は昼間と異なつた別の絵画等を浮かび上がらせる装飾品としての機能を有する、従来にない興趣あるジグソーパズルを提供できるという効果を有する。」(同頁4欄31~36行)と記載されている。

これらの記載によれば、本件考案は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成を有することにより、複数の小片を組み合わせて絵画等を完成させるパズルゲーム遊びができる、通常(昼間)は組み合わせた平面板を装飾品として使用できる、夜間は一部が発光して、絵画の一部又は昼間とは異なった別の絵画を浮かび上がらせる装飾品として使用できる、という作用効果を奏するものと認められる。

ところで、引用例考案(甲第2号証)に、「基材上に絵画等をオフセット印刷したはめ絵パズル(ジグソーパズル)が記載されている」(審決書6頁9~11行)ことは、当事者間に争いがなく、このことによれば、引用例考案は、当然、上記の複数の小片を組み合わせて絵画等を完成させるパズルゲーム遊びができるという効果を奏するものと認められる。また、同考案は、絵画等をオフセット印刷したものであるから、パズル完成時において組み合わされた絵画等が装飾品として使用できることは明らかであり、本件考案の通常(昼間)は組み合わせた平面板を装飾品として使用できるという上記作用効果も奏するものと認められる。

さらに、周知例2(甲第4号証)に、「例えば、Cds、Pbs等の蓄光により夜光性を有する無機蛍光性顔料と展色材とを練り合わせた組成物を被印刷物の表面にシルクスクリーン方式等で任意の模様を印刷してなる蛍光性印刷物が知られ、標示板などに利用されている。」(審決書7頁18行~8頁2行)と記載され、周知例3(甲第5号証)に、「蓄光インキは含有する顔料の各粒子が発光して、日光、電灯などの刺激光も受けるのであるから、インキの樹脂ワニス(展色材)にはとくに無色透明な焼けの少ないものを使用する。」(審決書9頁17~20行)と記載され、「発光材料が透明性と残光性を有することは従来周知である」(審決書10頁4~5行)ことは、いずれも当事者間に争いがない。

これらの記載等によれば、蓄光により夜光性を有する蛍光性顔料等により任意の模様を印刷した印刷物は、夜間には当該模様が発光して浮かび上がり、昼間とは異なった印刷効果を有するものと認められ、また、蓄光インキとしては、通常、透明性を有するものが使用されるものと認められる。

そうすると、引用例考案に対し、スクリーン印刷において透明性の蓄光インキを用いるという上記周知技術を採用すれば、夜間は一部が発光して、絵画の一部又は昼間とは異なった別の絵画を浮かび上がらせ、装飾品として使用できるという作用効果を奏するととともに、通常(昼間)は組み合わせた絵画等の装飾品としての効果を損なうものでないと認められ、その結果、同考案は、本件考案の上記の作用効果のいずれをも有するものといえる。

原告は、単一色無模様でオフセット印刷されたジグソーパズルにすると、暗がりのなかで発光するのでジグソーパズルを嵌め合わせる際の目印にすることができる。また、この発光を利用して、暗がりの中でも小片の嵌め合わせ遊びをすることができると主張する。

しかし、本件考案は、前示本件考案の要旨に記載のとおり、「平面板の一方の面に文字、絵画、模様等がオフセット印刷されていること」を構成要件としているのであるから、単一色無模様で印刷されたジグソーパズルは、本件考案の要旨とは無関係のものであり、上記の作用効果の主張は、本件考案の構成に基づかない主張といえる。

また、暗がりの中でも嵌め合わせ遊びをすることができるという作用効果は、引用例考案のジグソーパズルに対し、蓄光性のインキを用いて絵柄を印刷するという上記周知技術を採用すれば、当然に生じるものであり、当業者が、容易に予測し得る程度のものといえる。

したがって、「本件考案の作用効果も甲第7号証(本訴甲第3号証)、甲第8号証の1(本訴甲第2号証)、甲第8号証の2(本訴甲第4号証)、及び甲第10号証(本訴甲第5号証)に記載された事項から容易に予測し得る程度のものにすぎない。」(審決書10頁10~13行)とした審決の判断に、誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成8年審判第3694号

審決

東京都中央区銀座8-10-6

請求人 株式会社 ビバリー

東京都豊島区東池袋1-20-5 池袋ホワイトハウスビル603三嶋特許事務所

代理人弁理士 三嶋景治

茨城県取手市白山3丁目4番47号

被請求人 株式会社 アッブルワン

東京都台東区駒形2丁目7番5号 前川ビル7階 高田国際特許事務所

代理人弁理士 高田修治

上記当事者間の登録第2081388号実用新案「ジグソーパズル」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第2081388号実用新案の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

1、 本件登録第2081388号実用新案は、平成1年12月13日に出願され、出願公告(実公平4-17188号)された後平成7年10月3日に設定登録されたものであって、その考案の要旨は明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「下記の要件を具えたジグソーパズル。(イ) 複数の小片が離脱自在に組み合わされて平面板が形成されていること。(ロ) 平面板の一方の面に文字、絵画、模様等がオフセット印刷されていること。(ハ) オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分には、蛍光顔料30~60重量%と無色インキ70~40重量%からなる発光材料がスクリーン印刷されていること。」

2、 請求人は、「第2081388号実用新案の登録はこれを無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、本件実用新案登録は、実用新案法37条1項1号の規定により無効にすべきものである旨主張し、次の理由を挙げている。

無効理由1

本件実用新案登録は実用新案法5条3項、4項の規定に違反してなされたものである。

無効理由2

本件実用新案登録は実用新案法3条1項1号、2号及び2項の規定に違反してなされたものである。

そして、請求人は無効理由2について、本件考案はその出願前に日本国内において公然知られた考案及びその出願前に頒布された刊行物に記載された考案に基づき当業者がきわめて容易に考案できたものでもあると概略以下の主張をする。

本件考案の要旨は、要約するなら、「ジグソーパズルにおいて、オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分に、改めて発光材料がスクリーン印刷された。」ものである。

しかして、本件考案の「ジグソーパズルをオフセット印刷」する技術は周知技術(例えば、甲第8号証の1(特開昭53-89527号公報))であり、印刷業界にあって、オフセット印刷した後にスクリーン印刷する所謂連続階調印刷技術は、本件出願時点において既に公知技術として存在しているものである。印刷業界における印刷技術は、そのままジズソーパズル業界の印刷技術として転用されているから、本件考案に係る「印刷技術」は単なる公知技術の転用であって、「多色印刷」の一態様に過ぎない。(甲第6号証、甲第7号証)

次に、本件考案の「オフセット印刷された後に所定部分に改めて発光材料がスクリーン印刷」される技術については、従来から発光材料(蓄光材料)が印刷された技術は存在しており、発光材料をスクリーン印刷するのは粒度が大きすぎること、また、厚盛りする必要から通常印刷に適さないからであり、この点は既に出願時において公然知られていた。

また、本件考案は、甲第8号証の2(実公昭48-23532号公報)掲載の考案「蛍光性印刷物」よりジグソーパズル業者においては極めて容易に考案することができたものと認められる。即ち、その公報からシルクスクリーン印刷により蛍光性印刷物の存在が知られており、蛍光性顔料を含有する合成樹脂層の上に透明多色印刷層を設ける連続階調印刷技術による蛍光性印刷物の存在が認められる。また、発光材料の重量比についての「数値の限定」については、その作用効果の明示がなく臨界的意義が不明である点を置くとしても、当業者が通常の知識において実験則で明らかとなるものであって、甲第9号証「根本特殊化学(株)のカタログ「蓄光顔料」の記載中「蓄光顔料とクリアー(接着剤)の混合比の標準値」が明示されており、甲第10号証(「特殊機能インキ」株式会社シーエムーシ発行、「第16章 蓄光インキ」)の項の記載において、その蓄光インキの配合例(表16・2)に50%の記載が明記されているから公知の数値でもあり、この点から当業者においては容易に推考可能なものと認められる。

3、 そこで無効理由2について検討するに、請求人が提示した甲第8号証の1(特開昭53-89527号公報)には、はめ絵パズルにおける断片の製造方法について「この発明における断片は合板を基材として使用する。」(1頁左欄19~20行)、「この合板上に希望する絵を印刷する。例えば著名な絵画、風景などをグラビア印刷する。(・・・。)第1の方法としては、合板表面を目止剤により平滑としこの上にグランドコートを施し、この上にグラビアオフセット印刷機で任意の絵を印刷する」(1頁右覧6~12行)、

「この合板を、多数の形状の異なる多数の断片に裁断する。」(2頁4~5行)の記載が認められる。

これらの記載から、引用例には基材上に絵画等をオフセット印刷したはめ絵パズル(ジグソーパズル)が記載されていることが認められる。

そこで、本件考案と甲第8号証の1記載の考案とを対比すると、両者は、(イ)複数の小片が離脱自在に組み合わされて平面板が形成されていること。(ロ)平面板の一方の面に文字、絵画、模様等がオフセット印刷されていること、で一致し、(1)本件考案ではオフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分には、発光材料がスクリーン印刷されており、かつ、(2)発光材料が蛍光顔料30~60重量%と無色インキ70~40重量%からなるのに対し、引用例にはそのいずれの構成も存在していない点で相違している(それぞれ相違点1及び2という。)。

4、 次に、相違点について検討する。

(1)相違点(1)について、

請求人が提示した甲第甲第7号証(特殊印刷入門池田一郎著 印刷学会出版部58年8月15日発行「VI.スクリン形式を主とするもの」)には、「今日スクリン印刷は、単独で各種素材への印刷を行うほか、転写紙のようにオフセット印刷との併用、・・・、数えあげればきりがなく、」(79頁8~10行)の記載が認あられ、これによれば、スクリン印刷とオフセット印刷を含む他の印刷とを併用したものが多用されていることはごく普通に知られていることであるといえる。そして、オフセット印刷された部分にスクリーン印刷を施すことは、前記併用の一態様にすぎないと認められる。

また、同甲第8号証の2(実公昭48-23532号公報)には、「例えば、Cds、Pbs等の蓄光により夜光性を有する無機蛍光性顔料と展色剤とを練り合わせた組成物を被印刷物の表面にシルクスクリーン方式等で任意の模様を印刷してなる蛍光性印刷物が知られ、標示板等に利用されている。」(1頁左欄20~24行)の記載が、また、同甲第10号証(特殊機能インキ 株式会社 シーエムシー1984年6月6日発行 「第16章 蓄光インキ」)には、「表16、1は、蓄光インキに用いられている顔料のおもなものを示したものであるが、スクリーン印刷用インキの場合には、一般に輝度の高い硫化亜鉛を使用している。」(171頁 2.製法の項)の記載がそれぞれ認められる。そして、これらの記載からみて、スクリーン印刷に蓄光インキを用いることはごく普通に知られていたことは明かである。つまり、一般の印刷においてオフセット印刷とスクリーン印刷を併用すること、及びスクリーン印刷において蓄光性のインキを用いることはいずれも周知であるから、これを前提にすれば、当業者が引用例のオフセット印刷に代えて従来周知のオフセット印刷とスクリーン印刷を併用しかつスクリーン印刷に従来周知の蓄光インキを採用することにより、前記本件考案の前記相違点1に係る構成を得ることは何等困難なことではないというべきである。

(2)相違点2について

本件考案は、発光材料について蛍光顔料30~60重量%と無色インキ70~40重量%からなると規定しているが、本件明細書には前記規定を採択した理由についての記載は一切なく、単に、「この発光材料は、蛍光顔料〔商品名 Keiko-Color Y-50日本蛍光化学(株)製〕40重量%と無色インキ〔商品名 2000Aインキ、(株)ミノ・グループ発売〕60重量%が混合されたもので、透明性と残光性(蓄光性)を具えている。」(本件考案の公告公報3欄29~34行)と記載されているのみであるから、前記規定の意味を、発光材料が透明性と残光性を有するに必要な数値を限定した以上の格別の意味に解することはできない。そして、前記甲第10号証には「蓄光インキは含有する顔料の各粒子が発光して、日光、電灯などの刺激光も受けるのであるから、インキの樹脂ワニス(展色剤)にはとくに無色透明な焼けの少ないものを使用する。」(172頁8~9行)の記載が認められ、かつ、同号証の表16・2(172頁)には蓄光インキの配合例として、蓄光顔料の配合率%が50、0の例が記載されており、この記載からも明らかなように、発光材料が透明性と残光性を有することは従来周知であるとともに蛍光顔料の配合率が50%、つまり、50重量%のものも知られているから、本件考案の相違点2に係る前記構成も当業者がきわめて容易に想到し得たものである。

そして、本件考案の作用効果も甲第7号証、甲第8号証の1、甲第8号証の2、及び甲第10号証に記載された事項から容易に予測し得る程度のものにすぎない。

してみれば、本件考案は前記甲第各号証に記載された事項に基づき当業者がきわめて容易に考案できたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

なお、被請求人は甲第6号証乃至甲第10号証には、オフセット印刷された文字、絵画、模様等の所定部分に、透明性と残光性を有する発光材料をスクリーン印刷したジグソーパズルについて何等記載されておらず、それを示唆する事項もないから、本件考案の新規性及び進歩性を判断する証拠資料とはなりないと主張するが、ジグソーパズルであるからといって一般の印刷技術を適用できない理由はないから、その主張は採用できない。

以上のとおり、本件実用新案登録は、実用新案法3条の規定に違反してなされたものであるから実用新案法37条1項1号の規定に該当し、他の理由について検討するまでもなく、無効とすべきものである。

よって、結論のとおりに審決する。

平成9年1月30日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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